ロレックス夜光塗料の移り変わり

腕時計における「暗闇での視認性」は、ダイバーズウォッチやパイロットウォッチの誕生とともに進化してきました。時代ごとの安全基準の変更や科学技術の進歩に合わせて、夜光物質をアップデートしてきた歴史を持ちます。

ロレックスの夜光塗料 一覧

ここではロレックスを例に、腕時計の夜光塗料の変化をご紹介いたします。

ラジウム時代

(1910年代~1964年頃):軍用から始まった自発光の夜光塗料
20世紀初頭から1960年代初頭まで、時計業界の夜光は「ラジウム226」が主流でした。これは放射性崩壊のエネルギーで蛍光体を発光させるため、外部の光で蓄光する必要がなく、暗闇で光り続けるという特性を持っていました。また第一次世界大戦時期には夜間・塹壕などでも時刻の確認ができることから、軍用時計に広く用いられました。

しかし、現在ではラジウムは放射線量が極めて高いことは誰もが知ることですが、当時はその危険性は一般にはあまりしられていませんでした。 その問題は徐々に顕在化することとなります。

1928年から約10年、アメリカ「ラジウム・ガールズ訴訟」が起こります。これは時計の文字盤にラジウムを塗る女性作業員たちがラジウムの危険性を雇元企業から告げられておらず、さらにラジウムを塗る際、使用するブラシを唇や舌を使って整えることを勧められたことで被曝し、多くの被害者をだしました。「ラジウム・ガールズ訴訟」は被害者らが企業に対して被曝の賠償を求めた裁判でした。
この裁判をを契機に、ラジウムに対する規制が段階的に進みました。
ロレックスを含む時計メーカーは、1960年代初頭にラジウムの使用を完全にストップせざるを得なくなりました。

ラジウム・ガールズ - Wikipedia

一方でのオリジナルのラジウム夜光残したヴィンテージロレックスは、劣化や文字盤交換などによってオリジナルの状態で残っている個体が少なく、状態のよい個体は高額で取引されています。経年変化によって夜光部分が美しいブラウンに変色したラジウムのサブマリーナ GMTマスターなどは、コレクターの間で至高のピースとされています。

なお、ラジウムは危険性が知られていなかったことから、基本的に文字盤にラジウムを示す表記はおこなわれませんでした。

トリチウム時代

(1963年~1998年):安全性の向上と「T」マーク
ラジウムの次にロレックスが採用したのが「トリチウム」です。トリチウムも放射性物質による自発光ですが、半減期が約12.3年と短く、放出されるベータ線は人間の皮膚や時計の風防を透過できないため、ラジウムに比べて遥かに安全でした。 60年代以降の時計の夜光塗料はラジウムにかわりトリチウムが利用されるようになりました。

それでも放射性物質が使用されていることや、放射性物質の危険性が一般的に知られるようになったことで、トリチウムを夜光に用いた文字盤は、それを示す表記がされることとなります。

ロレックスの場合はいくつかのパターンが見られます。

「T SWISS T」: トリチウムを使用。放射線量が7.5ミリキュリー(mCi)以下
「SWISS T < 25」: トリチウムを使用。放射線量が25ミリキュリー以下 など トリチウムは半減期が短いため、トリチウムを夜光に使用したロレックスの多くは、すでに自発光する力を失っています。しかし、このトリチウムも水分と反応して「パティナ(退色)」を起こし、クリーム色やパンプキン色に変色するため、現行品にはないレトロな魅力として価値が高まっています。これもラジウムと同様にレアリティと考えられており、取引価格は退色の加減によって高額で取引が行われる場合があります。

ルミノバ / スーパールミノバ時代

(1998年~2008年):ノン・ラジエーションへの転換
1990年代後半、環境や人体への配慮から、時計業界は「放射性物質を一切使わない夜光」へのシフトを迫られました。そこで日本の根本特殊化学が1993年に開発したのが、希土類元素を用いた画期的な蓄光塗料「ルミノバ(LumiNova)」です。

ロレックスは1998年にこれを採用しました。のちにスイスのRC Tritec社との合弁で、時計用に特化させた「スーパールミノバ(Super-LumiNova)」へと移行します。
太陽光やライトの光を吸収して発光する「蓄光式」のため、完全な安全性を確保。発光色は鮮やかなグリーンです。

文字盤の表記については、トリチウムの「T」が消え、単に「SWISS」または「SWISS MADE」へと変わりました。

クロマライト時代

(2008年~現在):ロレックスのアイデンティティ
2008年、ロレックスは独自の革新的な夜光物質「クロマライト」を発表し、プロダイバーズモデルの「シードゥエラー ディープシー(Ref.116660)」に初めて搭載しました。その後、サブマリーナーやエクスプローラーなど、すべてのスポーツモデルに順次拡大されていきます。

独自調合された金属酸化物粉末からなる蓄光塗料で、最大の特徴はスーパールミノバの約2倍にあたる「最大8時間の持続力」と、人間の目が暗闇で最も感知しやすいとされる美しいブルー(青白)の発光です。

他の時計ブランドが既製のスーパールミノバを使用するなか、暗闇の水中でも一目で「ロレックスであること」を認識させるための、強力なブランド戦略の一手でもありました。

夜光塗料の真贋やレアリティ

いかがでしたでしょうか。時計の夜光塗料の変化だけに着目しても、時代の移り変わりを強く感じさせます。特にラジウム夜光の存在や当時の取り扱いについては驚かれた方も多いのではないでしょうか。

また、ラジウムやトリチウムは危険性がある一方で、オリジナルの状態を保った個体は高額で取引される場合があります。古い夜光塗料は経年劣化によって剥離してしまうことが多々あり、塗り替えや交換さられているものが多く、オリジナルの夜光を保っていることが稀であるためです。
特にヴィンテージのスポーツロレックスにおいては、夜光がオリジナルか否かで、取引価格が数百万円変わってしまうモデルも存在します。夜光は、単なるスペックの変遷ではなく、ヴィンテージロレックスの「資産価値」を大きく左右する、極めて重要な査定のポイントともなっています。