時計界のピカソ「ジェラルド・ジェンタの代表作」

時計製造の歴史を大きく塗り替え、「時計界のピカソ」と称される伝説のデザイナー、ジェラルド・ジェンタ(Gérald Genta)。
彼が遺した革新的なデザインは、誕生から数十年が経過した現在もなお世界中で愛され続けています。今回は、ジェラルド・ジェンタの足跡と、彼が手がけた伝説的なタイムピースの数々をご紹介します。

ジェラルド・ジェンタとは

1931年、スイス・ジュネーブでイタリア系の父親とスイス人の母親の間に生まれたジェラルド・ジェンタ。
若き日の彼はもともとジュエリーデザインについて学んでいましたが、スイスのジュエリー産業が途上段階にあったことから、スイスの伝統産業とも呼べる時計産業の世界へ進出することとなります。

ジェンタは時計デザイナーとして実績を積むなか、1954年にユニバーサル・ジュネーブで手がけた「ポールルーター」が脚光を浴びることとなります。その後、1960〜70年代にかけてオメガ、オーデマ ピゲ、パテック フィリップ、IWCなど 様々な有名メーカーの時計デザインを手掛け、後の歴史的名作を生み出していきました。

1969年には自身の冠ブランド「Gérald Genta」を設立。超複雑機構の「グラン・ソヌリ」や、ディズニー社との公式ライセンスによる「レトロファンタジー」コレクションなどを発表し、晩年まで創作への情熱を燃やし続けました。

ジェラルド・ジェンタが手掛けた腕時計

以下では、ジェンタが手掛けた代表的な腕時計をご紹介いたします。

ユニバーサル・ジュネーブ ポールルーター(Polarouter / Polerouter)

登場年:1954年
当時23歳だったジェンタが手がけた初期の傑作。スカンジナビア航空(SAS)によるコペンハーゲン〜ロサンゼルス間の「北極点通過航路(Polar Route)」世界初開通を記念して制作されました。耐磁性・防水性に優れ、流麗で控えめな美しさを持つ伝説的なパイロットウォッチです。

オメガ コンステレーション「Cライン」(Constellation “C-Line”)

登場年:1959年
オメガの主力フラッグシップラインを現代風に刷新するプロジェクトで誕生。卵型ケースと柔らかな流線型ラインから通称「Cライン」と呼ばれ、1960〜70年代の時計デザインの世界的トレンドを作りました。ジェンタがスターデザイナーとして地位を確立した一作です。

ロレックス キングミダス(King Midas)

登場年:1960年代初頭
ギリシャのパルテノン神殿の建築様式から着想を得てデザインされた純金製の腕時計。非対称なケースデザインを持ち、当時のロレックスとしては極めて斬新で芸術的なアプローチで作られた超ラグジュアリーモデルです。

オーデマ ピゲ ロイヤル オーク(Royal Oak)

登場年:1970年デザイン / 1972年発表
伝統的な潜水ヘルメットの固定ネジ構造から着想を得て、わずか一晩でスケッチを描き上げたと言われる一作。8角形のベゼル、露出した8本のビス、ケース一体型ブレスレットという構成は、「高級時計=ゴールド」という当時の常識を覆し、「ステンレススチール製のラグジュアリースポーツウォッチ」という新しいジャンルを創出しました。

オーデマ ピゲ コブラ(Audemars Piguet Cobra – Ref. 5403)

登場年:1970年代初頭
コブラの鱗を思わせるしなやかなブレスレットとケースが一体化した造形美。時計という精密機械を「身に着ける立体彫刻」へと変昇させた、ジェンタの官能的かつ建築的なデザインセンスが光るモデルです。

パテック フィリップ ノーチラス(The Nautilus)

登場年:1976年
豪華客船の「舷窓(げんそう)」からインスピレーションを受け、レストランのナプキン上にわずか5分でスケッチされたという逸話を持ちます。丸みを帯びた8角形ベゼルと左右の「耳」が特徴的で、スポーティさとパテック フィリップならではの気品を完璧に融合させています。

IWC インヂュニア SL(The Ingenieur SL)

登場年:1976年
耐磁性を特徴とするIWCの技術者向け時計「インヂュニア」をリデザイン。クッション型ケースとベゼルに配された5つのビス穴がアイコンで、無骨なエンジニアリングと洗練された造形美を見事に同居させています。

ブルガリ ブルガリ・ブルガリ(Bulgari-Bulgari)

登場年:1975年(原型)/ 1977年
古代ローマのコインの文字刻印にインスピレーションを得て作られたモデル。ベゼル周りに「BVLGARI BVLGARI」のダブルロゴを刻印する斬新なデザインは、ブランドのアイコンとして現在も世界的な大ヒットを記録し続けています。

セイコー クレドール ロコモティブ(The Locomotive)

登場年:1979年
クレドールブランド推進の原動力(Driving Force=Locomotive)となることを願ってジェンタ自身が命名。6角形モチーフをベゼルやケース、ブレスレットに反復させた超薄型スチールデザインで、スイス国外のブランドでも彼の影響力が遺憾なく発揮された証左です。このほか、当時のセイコーはスイスの最先端デザインを取り入れるためジェンタと深い協力関係にあり、ロコモティブ以外にもいくつかの初期クレドールのスケッチやケース造形コンセプトに助言・関与していたという証言が日本や欧州メディアで言及されています。

ジェラルド・ジェンタ ゲフィカ サファリ(The Gefica Safari)

登場年:1984年
3人のサファリハンターからの依頼で開発。「光を反射して獲物に気づかれないようにする」という実用目的から、当時時計界ではタブーとされていたブロンズ(青銅)ケースを初めて採用した画期的なタイムピースです。

ジェラルド・ジェンタ レ・ファンタジー(Les Fantaisies)

登場年:1980年代
ウォルト・ディズニー社から特別に独占ライセンスを取得し、ミッキーマウスなどの腕が針となって時刻を指し示す遊び心にあふれた高級複雑時計コレクション。

カルティエ パシャ(The Pasha)

登場年:1985年
1930年代にマラケシュのパシャ(太守)のために作られた防水時計の起源を現代的に再解釈。リューズカバー構造などの伝統を守りつつ、ラウンド型のダイナミックかつエレガントなスポーツドレスウォッチへ生まれ変わらせました。

ジェラルド・ジェンタ グラン・ソヌリ(Grande Sonnerie)

登場年:1994年
5年の歳月をかけて開発され、1,000個以上のパーツから構成された超複雑腕時計。ウエストミンスターチャイム、パーペチュアルカレンダー、ミニッツリピーターを完備し、当時の「世界で最も複雑な腕時計」として時計史に名を刻みました。

ジェラルド・ジェンタの功績

ジェラルド・ジェンタは、腕時計の外装デザインに本質的な革新をもたらし、それを時代に定着させることに成功した稀有な人物です。ジェンタ以前、生涯をかけて腕時計にそうした試みを行った(もしくは行えた)のは、ルイカルティエだけではなかったでしょうか。
さらに彼は、単なる時計デザイナーの枠を超え、ステンレススチールという素材を貴金属と同等のラグジュアリーへと昇華させました。彼が打ち立てたデザインの潮流は、登場から半世紀以上が経った今なお色褪せることなく、世界中の時計ファンを魅了し続けています。

また現代のように多様で自由なデザインの腕時計が当たり前となった背景にも、ジェラルド・ジェンタの功績があったのではないかと思われます。