自動巻き機構とローターの歴史

腕時計の「自動巻き(オートマチック)」機構。腕を振るだけでゼンマイが巻き上がる便利な仕組みですが、実はその裏側で回っているローターと機構にはいくつかの異なる形状やタイプが存在するのをご存知でしょうか? 自動巻き機構とローターは、時代や仕様によって時計の厚み、巻き上げ効率、外観の美しさを大きく左右します。 代表的な自動巻きローターはどういったものがあったのでしょうか?

歴史的な自動巻き機構とローター

以下に自動巻き機構とローター、開発者やヒストリーなどを時系列で解説いたします。

往復運動するセンターローター(懐中時計)

アブラハム・ルイ・ペルレ / ユベール・サルトン
時期:~1777年 / 1778年
自然科学者オラース・ベネディクト・ド・ソシュールの1777年の文献によって、アブラハム・ルイ・ペルレ(スイス)に制作よる、自動巻き懐中時計(センターローター・往復運動)に関する報告があり、長らく世界初の自動巻き時計は、アブラハム・ルイ・ペルレによるペドメーター式であると考えられていました。
しかし、1993年に新たな資料が見つかります。それは1778年にユベール・サルトン(ベルギー)がパリ王立科学アカデミーで発表した自動巻き機構の設計資料でした。設計資料は現存する同時期の自動巻き懐中時計と構造が酷似しており、ユベール・サルトンが自動巻き時計の父であるとも考えられています。

パーペチュアル 左右に揺れる錨型の振動錘型ローター(懐中時計)

アブラアム・ルイ・ブレゲ
時期:1780年
自動巻きの原点:アブラアム=ルイ・ブレゲの「パーペチュアル」 
天才時計技師と呼ばれたアブラアム=ルイ・ブレゲが開発したのが、パーペチュアルです。
当時はポケットに入れる懐中時計の時代。手首のように回転する動きが生まれないため、回転型のローターは、巻きあげ効率が悪く、ブレゲは「人が歩くときの上下の振動」に着目しました。ムーブメントの端を軸に、重いプラチナ製の分銅(おもり)が上下に往復運動する構造を編み出したのです。
この重い分銅が動きすぎると機械にダメージを与えるため、ブレゲは移動の限界点にクッションとなる長いバネを配置しました。これが、後のバンパー式の衝撃吸収バネのルーツであると考えられています。

この後19世紀にはいると、耐久性と実用性を兼ねたリューズによる巻き上げが考案され、自動巻きの発展は停滞することとなります。

バンパーローター(ハーフローター) センターローター・往復運動(初の自動巻き腕時計)

ジョン・ハーウッド
時期:1923年
イギリスの時計師ジョン・ハーウッドが「世界初の量産型自動巻き腕時計」としてこのバンパー式を発明し特許を取得しました。360度回転せず、バネ(バンパー)に当たって「カチカチ」と左右に往復運動(スイング)を繰り返す初期の自動巻き機構です。
その後の1940〜50年代にはオメガがこの機構をブラッシュアップした名機(Cal.28.10など)を多数製造し、自動巻きの黎明期を市場に定着させました。

パーペチュアル 360度全回転式センターローター(腕時計)

ロレックス
時期:1931年
ロレックスは世界で初めて360度自由に回転する全回転式ローター「パーペチュアル」を開発しました。ローターが止まることなく回転することで、それより格段に巻き上げ効率が高くなりました。これは現代の現代の自動巻き時計の規範であり、腕時計の実用性を爆発的に高めた偉大な発明となりました。

その後、1942年にフェルサが双方向巻き上げのビディネーターを開発。1947年にはルーレマン・ミニチュア・ビエンヌ社とエテルナ社による、ローター回転軸にボールベアリングを使用したエテルナマチックを開発するなど、360度全回転式センターローターの完成度はより高まっていきました。

このパーペチュアルによる特許保護は1950年代まで続き、多くの時計メーカーは、バンパー式やスライド式など、異なる方式での自動巻き上げ時計の開発・製造を続けこととなりました。

ペラトン式 ラチェット式巻き上げの360度全回転式センターローター(腕時計)

アルバート・ペラトン
時期:1950年

360度回るセンターローターを採用していても、その「回転エネルギー」をいかにロスなく主ゼンマイへ伝えるかは各メーカーの腕の見せ所です。その最高峰として時計史に輝くのが、IWC(インターナショナル・ウォッチ・カンパニー)が1950年に開発したペラトン式自動巻き上げです。

アルバート・ペラトンが開発したこの機構は、センターローターの軸にハート型のカムを取り付け、ローターが回るとそのカムが、2つのルビーローラーを備えたレバーを左右に押し出す仕組みです。レバーの先には2つの「巻き上げ爪」がついており、ローターが右に回っても左に回ってもゼンマイを巻き上げる仕組みでした。歯車によって動力を伝達する両方向巻き上げに比べ摩耗が劇的に少なく、より高い巻き上げ効率を誇るのが特徴です。

1959年のセイコー マジックレバーの誕生などにつながっていきます。

マイクロローター 小型の360度全回転式センターローター(腕時計)

ビューレン
時期:1954年

それまでの全回転式ローターの仕組みを取り入れつつ、ムーブメントの地板(プレート)に、小型の全回転式ローターを埋め込んだ方式です。ローターが機械の上に重ならないため、時計自体を劇的に薄く作ることができます。また、機械がローターで隠れないため、高級時計の美しい仕上げを存分に堪能るという特徴がありました。一方でローター自体が小さく軽いため、センターローターに比べるとゼンマイの巻き上げ効率が劣るというデメリットがありました。

翌1955年に特許申請したユニバーサル・ジュネーブ(Universal Genève)社とは長い特許紛争が起こり、ユニバーサル社は1958年に合意に至るまで、使用するムーブメントごとにライセンス料を支払わなければなりませんでした。
両社は1958年に共同声明を発表し、「スーパースレンダー」ムーブメントによる世界最薄の自動巻き腕時計を世に送り出していきます。
マイクロローターの開発は、後の自動巻きクロノグラフ キャリバー11(クロノマチック)へとつながっていきます。

ペリフェラルローター 360度全回転式リング型ローター(腕時計)

パテック・フィリップ
時期:1965年

ムーブメントの外周にリング状のローターを配置し、円をなぞるように回転させるローターです。
機械を覆うものが何一つないため、手巻き時計のようにムーブメントの全体像を100%見せることができます。それでいて自動巻きの利便性を併せ持つ審美性にも優れたローターでした。耐久性や複雑な歯車の設計など製造コストの課題があり量産化が難しかったため一時的に姿を消すこととなります。また同社以外ではヴァシュロンコンスタンタンやオーデマピゲなどの一部の高級時計メーカーに採用されました。
その後、カール F. ブヘラが先の課題を克服し、2008年により実用的で量産化に成功したCal.CFB A1000へとつながります。

自動巻き機構とローターの魅力

18世紀に登場した自動巻き機構ですが、現代の機械式時計につかわれているような実用性が高い自動巻き機構に大きく近づいたのは、ロレックスのパーペチュアルの開発によるものでした。懐中時計と腕時計で巻き上げの最適解は異なることから、回転式ローターが長らく姿を消したことも要因にありますが、200年以上にわたる時計の歴史の中でロレックスの寄与度は非常に大きいものであることがわかります。
また、実用性だけでなく、工芸品とも呼べるムーブメントの美しさを際立たせるマイクロローターやペリフェラルローターの存在も見逃せません。
歴史的な時計は外装デザインも魅力的ですが、ムーブメントの仕様・構造にこそ誕生背景や技術の変化を感じられる魅力があります。